chibinova

lfc2004-05-09

ミステリ研究会(60年代英国ミステリに耽溺する会)なる構想が、極身近にあると聞く。わたしが通っていた小学校では、なぜか図書室がいつも満員だった。世の中全体がそうだったのか、その小学校だけに見られる現象だったのかは知らないが、ミステリ、SFが大人気だったのだ。もちろん小説の話。みんな、われ先にと争って小説を借りた。もちろん、まわりの話題についていけなくなることを恐れてとか、なんとなくブームだから、という理由で借りていただけの人も多かったと思う。しかしそんなこととは無関係に、最近では考えられないくらいに繁昌していた図書室だった。うちの父親は、なぜか異様に上流階級へのコンプレックスが強く、わたしは漫画やテレビや歌謡曲といった娯楽のすべてを禁じられていた。許されていた娯楽は、読書と映画。聴いてもよかった音楽は、ほとんどがクラシック。あとはオールディーズ、父親がよく聴いていたフレンチポップスやビートルズ、三大レーベルのジャズなど。中学2年生になるまで、日本人アーティストはペギー葉山由紀さおり中村紘子しかきちんと聴いたことがない。まぁピアノをやっていたし、一番好きだったのはショパンなので、特に不満もなかったのだが。話が思いっきり脱線してしまったが、とにかくひたすら勉強ばかりさせられていたわたしは、許された娯楽である読書と映画に、病的なまでのエネルギーを傾けた。ひたすら本を読んだ。で、ついたあだ名が「歩く図書室」。なかでもお気に入りだったのが、前述のミステリ、SFである。母がアガサ・クリスティ海野十三の大ファンだったことも影響しているかもしれない。っていうか、わたしが詩を好きになったのも、ヌーヴェル・ヴァーグものやヒッチコックを好きになったのも、でも淀川長治の言うことならなんでも真に受けるようになったのも、ロミー・シュナイダー原理主義者になったのも*1、ついでに言えばショパンを好きになったのも、たぶんすべて母の影響だ。なにぶん記憶があいまいなので、最初に読んだミステリがなんだったかは憶えていない。が、印象に残っているのは『マルタの鷹』である。話の内容が印象に残っているというよりも、とにかく万年貸し出し中で、これを借りることができた者は、それだけでヒーロー扱いされたから、というオチがつくのがちょっと悲しい。で、話を英国ミステリに移そう。わたしは御多分に洩れずシャーロキアンで、っていうかバンド名を本気で「ベイカー・ストリート・イレギュラーズ」にしたかったようなガキだった。だがもちろんブラウン神父もルパンも*2ポワロもメグレもファントマも大好きだった。いわゆる古典は、この時期にほとんど読んでいる。つもりだったのだが、思い返せば、まだヴァン・ダインすら読んでいなかったりと穴だらけだ。いちばん熱中したのは、『べにはこべ』で知られるバロネス・オルツィだった、と思う。家族揃って好きだったのは、刑事コロンボ。っていうか小説じゃないなこれは。もうひとつ余談だが、わたしがたしか中学に上がった頃、神戸三宮に、その名も「シャーロック・ホームズ」という喫茶店ができた。狂喜したわたしは、母にせがんでしょっちゅう連れていってもらったものだ。ホームズの書斎をイメージして造られた店内の雰囲気に、訪れるたび酔いしれ、恍惚とした。とまぁ、脱線したまま延々と話(自分語り?w)が続きそうなので、60年代の英国ミステリについてはまたの機会に。と言っておきながら、海洋冒険小説の話でもしようか。


追記:けっこうミステリとファンタジーを同一視する人が多いようだが、両者には歴然とした違いがある。それをいちいち列記することはしないけれど、ミステリ読みにはファンタジーの苦手な人も多いので注意。SFは、そのどちらとも親和性が高かったりする。わたしはもちろん両刀使いである。

*1:というわけで画像はロミー。「たしかにドロンはいい男だけど、あれはヤクザだわ」という母の声が聞こえてきそうだw ロミーを棄てたことを、ずっと根に持っているらしい。マリアンヌを堕落させたキースとミックにも、あまり好印象は持っていなかった。父が熱を上げていたイングリッド・バーグマンには、さほど興味がなかったようだ。ちなみにBBよりMM派、わたしはCC派。って、まだ生きてますよ、ウチの母は。

*2:もうすでに、この時点で英国ミステリから話が逸脱w