続:映画と三流音楽家

text by 大塚宏将(chibinova)


子供の頃から、通い慣れた映画館。

ただまっさらなきなりの心で、めくるめくスペクタクルに心踊らせた小学校時代。

現実を目の前へ突き付けられ、逃げ込むように映画館へ通った
中学時代。

世の中がみんな自分の敵だと思い込み、オールナイトの映画館が
寝泊まりの場所になった高校時代。

ただ浴びるように、ひたすら銀幕を眺め続けた20才過ぎ。

モギリの子と仲良くなり、ミニシアターに入り浸った20代半ば。


映画館は、いつも黙っておれを迎え入れてくれた。

映画館だけが、醜い自分をかき消してくれた。

映画は、おれにいろいろなことを教えてくれた。

けれど、その内容なんてちっとも覚えていない。

たぶん、おれは映画そのものよりも、映画館が好きだったのだと思う。

でも、他の場所では駄目だった。映画館以外に行き場所はなかった。

閑散とした館内、目の前に広がる銀幕がないと駄目だった。

あれは、もう何年前になるだろうか。

付き合っていた彼女とケンカ別れしてしまい、仕事も失い、母親が脳硬塞で倒れたという知らせが来た日。

何もできず、ただやり場のない鬱積したドス黒いものを抱えたおれは、ふらふらと繁華街を歩いていた。

酒をあおろうにも、そんな金はない。

財布の中には、仲の良い映画館のおばちゃんからもらった映画の鑑賞券が数枚。

レコード屋にも行く気になれないおれは、繁華街から歩いて十数分の映画館へと足を向けた。

中に入り、とりあえず何がかかっているのかを確かめる。

なんだか、つまらなそうな映画だ。

でも、とりあえず席に座る。おれの座る場所は、いつも決まっている。

恋人を探しにくるゲイ達も、飲んだくれのオヤジ達も、おれの指定席には近付いてこない。

目の前に広がるドラマを虚ろな眼で眺めながら、おれは現実から自分が遊離してゆくのをぼんやりと感じる。


その日は、何かが違った。

おれは、自分が泣いていることに、しばらく気付かなかった。

なんでだろう?なんでおれは泣いてるんだろう?

そうか、おれは映画を観てたんだった。

この映画に、おれは泣かされてるのか?

いや、違う。

おれ自身が、銀幕の中にかどわかされていたんだ。

おれは、何も観ていないつもりだった。

少なくとも、こんなつまらない映画におれが泣かされるはずはない。

でも、違ったんだ。

おれが泣かされてるんじゃない。銀幕が泣いているんだ。

おれは、ただその場で涙を流し続けた。

日課であるはずの、ロビーでのコーヒーも忘れて。

そのまま、おれは眠りこけていた。

その日は、クリスマス・イヴだった。

でも、街の喧噪は、おれの耳にまでは届かなかった。

おれは、全てを忘れて眠った。