【全ての仕事は売春である】

text by 沼田和也 (groovy dictionary)


「全ての仕事は売春である」───この、アーティストの身体そのものを意識せずにはおられないエロティックで挑発的な名前のイヴェントは、その名に ふさわしく、閉鎖された診療所で行われた。

診察室に設けられたDJブース。スピーカーの上には胃潰瘍のプラスティック製の模型が飾られ、廊下には何気なく解剖学の書籍が置き去りにされている。身体に終始するイメージ。chibinovaが己の売春としての己の身体を意識してこのような空間を設定したのか、それとも 全ては彼一流の“てきとー”であり、たまたま空いていたビルを使用しただけなのか、それはわからない。しかし彼が会場をわざわざ泉大津一つ向こうの忠岡駅付近に設定したことを思えば、そこに閉鎖したクリニックというパッケージ上の魅惑が無ければ、おそらくこのような発想は彼のうちには起こらなかったことだろうと 考えられる。

先述の胃袋の模型と並べて、ハクション大魔王のぬいぐるみが置いてある。壁にはアニメのキャラクターや美少女ゲームのヌードポスター。chibinovaとbobbie gillespie hairstyleなるDJとは、それぞれ赤と青の色違いで、おそろいの 美少女キャラクターのTシャツ。

そう、このイヴェントの副題は「僕らをヨゴレ的だと 思うかい?」。ぞんざいに置かれたスケッチブックには「卑怯な男だと思いなよ」とか「ヨゴレだと笑ってくれ」(正確には覚えていないが)といった言い訳のような照れのような走り書きが、各項に大きく書いてあり、DJ達は時折それをめくっては投げ出すのだ。

chibinovaは以前からしばしば僕に語ったものだ、「おれはいつかアニメやゲームの音楽だけでイヴェントをやりたい。ブランドのアリバイを壊したい。」。イメージ先行の厳しい世界に身をおくものの愚痴だろうと思っていた。まさかこんな形で彼が音楽の場にプロテストするとは思わなかった。彼は行われるはずのない場所でイヴェントを行い、かけられるはずのない名曲たちをDJする。『サクラ大戦』や『セーラームーン』、『TO HEART』の挿入歌、JASRACに登録すらされていないであろう、18禁美少女ゲームの主題歌・・・それらは、いわゆる“音楽通”な人々からは決して顧みられることのない作品ばかり。しかし、僕はそれらのCDあるいはCDRのジャケットを見るまで、それがアニメやゲームの音楽とは分からなかった。ピチカートやFPMに関係のあるジャンルのアルバムやシングルだと思い込んでいた。勝手にブランドを決めて安心して聴いていた。そんな、中途半端な“アート通”を気取っていた僕への、chibinovaの痛烈なアイロニーだった。そして彼はこれみよがしに、それらの音楽の合間に“クラブ向け”音楽を流すのだった。どうだい?お前はアニメの音楽とクラブの音楽の、どっちに軍配を上げるんだ?・・・

クラブシーンやレコードガイドの本は、僕に素晴らしい音楽の世界を展いて見せた。それらなしに僕の音楽趣味は成り立たなかったとも思う。しかし与えられたイメージのパッケージは僕に越境を許さなかった。音楽は越境するものなのに。それらが推奨しないものには見向きもしなくなって、パッケージの枠を意識することすら稀だった。最後に、彼の言葉を引用したい。「ただ『オシャレ』なる符合を追い求めることが、果たしてすばらしい音楽を享受する喜びにつながるでしょうか。ただマニアックに『今は』誰も知らないネタ盤をディグることが、果たしてすばらしい音楽を享受する喜びにつながるでしょうか。」今も“オタッキー”な“臭い”場所で、一人の男がコツン、コツン、と名曲を発掘し続けている。