chibinova

フェロモン半額

「きみも生まれる前は、ありとあらゆることを知っていたんだ」とレスター、「初めも終わりも知っていた。なぜ恐竜が滅びたか、なぜ青が青か知っていた。なぜ苦痛があっても人間が気高くなれないか、なぜそれなしには人間になれないか知っていた。生命に何が含まれるか知っていた」
わたしは自分の顔に触れ、レスターの指を自分の指でかすめる。
「きみが生まれるときが来ると、神々がきみの唇を押して閉じさせ、天使の拇指を使ってその印を残した。それをした天使は泣いたけれど、やらなくてはならないことだと、この世界に来るにあたって知っていたことすべてを忘れなくてはならないと、承知していた。というのも、唯一きみが知りえなかったことというのが、もう一度想い出したらどういう感じがするものか、ということだから」
わたしたちは決して恋人にはなれないかもしれないけれど、レスターにキスしたとき、わたしは恋人たちが初めていっしょにすごしたとき知る感情を知った。恐れと安堵と安らぎとの偽りの混淆であり、それは、世界が病んでいてすらすばらしいものになれる、ともう一度信じるときに訪れるものだ。わたしたちのキスは、天使の拇指とちがって、記憶を封じるものではなかった。
ジャック・ウォマックヒーザーン』)